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当園では、食べる人の立場にたって“おいしくそして安心して”召し上がっていただけるようにと心がけて作業しております。除草剤は、もちろんの事・防腐剤・ワックスなどは、一切使用しておりません。
おいしい文旦を作るには・・・・

ここ土佐市戸波産の文旦は、寒暖の差があり、急傾斜の山で、水はけもよく、その美味しさを作り出すに最高の条件が揃っています。作り手の技と情熱、そして自然環境がうまく合わさると、その奇跡の味が生まれます。
一般的に植物は、水や肥料をたくさん与えたら良いと思われがちです。しかし、文旦は栄養分をたくさん与え、甘やかして育てると、果肉がパサパサになり、表皮は荒くなります。そうかと言って少な過ぎれば、果実が肥大しにくく、場合によっては、木が絶えてしまいます。そのバランスが難しいのです。
露地栽培をしている当園では、気象条件(特に雨)によって、どうしようもない所が出てきますが、おいしい文旦ができる様に毎日,汗を流して頑張っています。
大切な作業

剪定・・・文旦だけではなく植物は、太陽の光が絶対に必要です。木全体に光が当たるように心懸け、妨げになっている枝を切り落とします。
人工交配・・・文旦同士で受粉させるよりも形がきれいで、肥大します。一般的に小夏の花粉を使用します。
摘果・・・一箇所に集まって、果実がある場合に、1つか2つを残して落とします。加えて、傷ついた果実を落とします。減すことで、果実肥大につながり、木への負担も減少します。

文旦の一年
剪定作業中 文旦栽培こだわりポイント1剪定

2月上旬〜4月頃にかけて剪定しています。
満遍なく1本の木、全体がお日様によく当てるように剪定しています。
剪定の良し悪しで文旦の味が決まると言っても良いほど、熟年の技がみなぎる所です。当園では、文旦栽培暦30年の父がこだわりを持って作業にあたっています。
剪定作業後 剪定をしたかどうか分かりにくいですが・・・。
プロの技の集結なので詳しいことは秘密です。
文旦のつぼみ 花を咲かせる寸前のつぼみです。
文旦の花 文旦栽培こだわりポイント2 人工交配

5月初旬 直径3cm程の大きさで、白い花びらが4〜5枚あります。
満開時は、そこら辺でシトラスの香りがしていますよ。
2週間ほど咲いて、その期間中に人工交配をします。
開花している晴れた時にしか、交配が出来ないという事もあって、大勢の人数で一斉に行っています。
人工交配後 人工交配が無事に出来た雌しべがピンクに染まっています。
(人口交配用の花粉の中にピンクの顔料を混ぜてやっています)
これがこの先文旦となって行くんですよ。
夏の文旦 文旦栽培こだわりポイント3 摘果

大体、野球ボール位に成長しています。これからまだまだ大きくなっていきます。
この時期、摘果の真っ最中!摘果は、大きくて美味しい文旦にする為になくてはならない大事な作業です。1つ1つの文旦の、日当たりの良さ、傷の有無、大きさなどをチェックしています。1本の木に対して、晩春から2〜4度の摘果をやっています。
この時に、摘果し過ぎても美味しい文旦は、出来ません。適度の摘果をやるには、熟年のこだわりが必要不可欠なんです。
秋の文旦 黄色く色づき始めました。
これから段々と濃い黄色に変化していきます。
大きさは、収穫時ほど成長している物もあります。
収穫直前の文旦収穫直前の文旦 12月 収穫を目前に控え、美味しく実っています。
これから、約一ヶ月間忙しく収穫を行います。
ものすごく忙しいですが、私達にとって無事に実ってくれたという喜びの方が先にたち不思議と疲れません。
収穫後の追熟野埋け 文旦栽培こだわりポイント4収穫

酸味を少なくする為に出荷までは、山で囲いをして藁を敷いて寝かせておきます。
なんか、ワインみたいですね。(笑) 
食べる人の立場にたって、当園では、収穫前に防腐剤の消毒をしておりません
自然が一番!! 早い時期に出荷させるのもは、比較的暖かい日当たりの良い場所で遅い時期に出荷させるものは、涼しい場所で、熟成をコントロールしています。
文旦は2月〜3月下旬頃、皆様のお手元へお届けです 2月〜3月下旬頃、皆様のお手元へお届けいたします。
出荷が始まるとその日の分を朝、山からおろし、水洗いし、一玉づつ丁寧磨き上げて選別、箱詰めしています。「仕上げワックスでもかけてるんじゃないの?」と思われるくらいの艶やかな光沢がありますが、これは、文旦本来の輝きですのでご安心してご賞味下さい。
作業日程
作業日程

文旦プチ知識文旦の由来
日本に文旦が入ってきたのは、中国から1651〜1680年の時代です。
その名称は「江上文旦」でした。
その後、主に九州で「本田文旦」「平戸文旦」などの品種があったと記録に残っています。
高知県では、古い記録が残っておりませんので、昭和初期から紹介させて頂きます。
昭和4年、高知県高知市朝倉にある高知県農事試験場園芸部の事務所前に「法元」とラベルして植えられていたようです。その木こそ、現在高知県の特産品となる「土佐文旦」の発信源となったのです。
それから採穂して、県下に広がりました。
土佐市で栽培されるようになったのは、昭和10年、私の住む積善寺で植えられました。その後、周りの地区に年々少しずつ植えられたそうです。
昭和34年に「法元文旦」から「土佐文旦」に名称を変更しましたが、当時、農家は文旦よりも温州みかん・八朔を主に栽培しておりました。しかし価格が徐々に低迷し、昭和50年頃に、文旦栽培へ急速に変更しました。現在では、土佐市の柑橘の7割以上は、土佐文旦が占めています。
昭和50年代に何度か寒害の被害を受けましたが、諸先輩方の努力により、その危機をのり切り、現在に至っています。

参考文献
   土佐の文旦 −文旦栽培50年ー       平成7年3月31日発行   発行所 高知県農業改良普及協会